The 13th Lab. −第13研究室−

大学で学ぶというのは、極論すれば、学生ひとりひとりが、それぞれの学部学科の専門性を取り入れて、自分の観点を見いだすことだと言える。
そのことを学生に伝えた講義の主要部分をまとめたので公開する。

「世の中で役に立つ知識」と言われるものはすぐに陳腐化するため、個人が自力で最新版にアップデートする必要がある。
一方、大学で学ぶのは学問的に体系化された知識であり、その体系や、体系化のプロセスそのものが、「よくわからない問題」にぶつかった時に対応できる基礎力となる。
余談になるが、前者の知識を持っていることを示すのが「資格」であり、後者の知識や生み出し方を知っていることを証明するのが「学位」だ。
大学卒業の「資格」というものはなく、学士という「学位」があるのだ。

(以下、学生向け講義より・・・・)

1.  事象を理解するフレームワーク

フレームワークという言葉があります。
聞き慣れない言葉かもしれません。
フレームワークとは、

世界を理解し、問題課題を解決するために用いる思考の枠組み

のことです。
世界の様々な事象をわれわれは完璧に記述すること、言い表すことは原理的にできません。
なぜなら、我々の脳が処理できる情報量より世界の情報量のほうが多いからです。
たとえば、私という人間について「こいつは何者だ」といったときに全て表現できますか。
実は、自分でも無理です。
私は何者か、どんな人か。
例えば身長はいくら、体重はいくら、視力はいくら、性格はこう、いろんな表現はできます。
しかし、それだけで足りなくて、どんな人と交友関係にあるか、どんな仕事をしてきたか、どんな生まれ育ちか、様々なものが現在の私を構成しています。
それを全部記述するのは現実的に無理ですし、むしろ私という存在がよく理解できないものになってしまいます。
そこで、なんらかの切り口、観点を定めて単純化します。

例えば単純化するときに、メガネをかけているか、かけていないかで単純化したり、身長体重で単純化したり、あるいは健康状態を知りたかったら、血液検査の結果という感じで単純化する場合もあるでしょう。
単純化することで、何とかその物事を理解しようとします。
こういうふうに単純化されたものをモデルといいます。

われわれは世の中の出来事をモデルにして理解します。
例えば、私を身長173cm、体重90kg、と単純化しまししょう。
単純化した時点で、私の性格とかは、もう消えています。
単純化というのは、目的に応じてするもので、今の例では、物体としての単純化した感じです。

単純化の話をもう少し続けましょう。
繰り返しになりますが、われわれは世の中の様々な事象のすべてを理解することは原理的にできません。
そこで、われわれは何かを見たときに、一部分を捉えて特徴を知ろうとします。
これが「単純化」という取り組みです。
例えば、人間を表現するのに、男性女性という性別で切り分けるときもあれば、何人と国籍で切り分ける場合もあります。
あるいは、先程の例のように私を表現するときに、身長、体重で表現する場合もあるでしょう。
もし「日本人の体重の変化、体格の変化を知りたい。なぜならば、今後の保健政策に関わる」というなら、身長、体重は大事になります。
しかし、身長と体重がわかっても私という人間はほとんどわかりませんが、それでよいのです。
「何のために」という目的があると、見方が限られてくるのです。
例えば、「産業政策を考えるために50歳代の男性の年収を知りたい」ということであれば、私の身長より、私の年収を知ることで、私という人間の一部分を記述することになります。

何を大事な特徴としてみるか、というのが、実は分野によって異なります。
そういう意味で、人間というのは一番扱いにくい、ないしはおもしろい対象になります。
物理的に身長、体重で捉えるというのもありでしょうし、収入で捉えるのもありでしょう。
例えば、私がどんな政治思想を持っているのかを気にする分野もあるでしょう。
あるいは、私の生い立ちを気にする分野もあるかもしれません。
それを知ることで、人の生育と社会背景の関係ががわかるとか、そういうことを考える分野もあるでしょう。
その分野ごとに事象のどこを見るか、比喩的に言えば、明るいところを見ているのか、暗いところを見ているのか、あるいはその事象が反映されている影みたいなものを見るのか、いろんなパターンが実はあります。

中学校の理科でこんなことを習いませんでしたか。
地球の内部は四層構造になっています。
一番外側が地殻、その内側がマントルで、一番中心が核。核は内核、外核に分かれていて、合計4層という話。
習ったことがありますが見た人はいません。
みなさんの身体の中には遺伝子というものがあると言われています。
しかし、実際に遺伝子を見た人はいません。
遺伝子というものが存在したら、こんなふうにタンパク質が合成されて生物の体を作る、といったように、いわば「影」だけ見ている状態です。
そんな「影」から実態を探ろうという場合もあります。

少しだけアカデミックな話に挑戦しましょう。
例えば、歴史史料を扱う際に、契約関係だけを集中的に見るということもあるかもしれません。
殿様がいて、家来がいて、と一般的には思いますが、その間にどんな契約が成立していたのかということが、中世と近世でどう違うかなどといった点に集中して史料を研究すると、歴史の一側面が見えるでしょう。
様々な学問分野が狭い範囲を取り扱うのは、観点を定めることでどんどん深く研究を進めることができるからです。

繰り返しになりますが、我々は事象を単純化することでやっと理解ができるのです。
そのときに、

どんな観点で単純化し、なにを記述するか

がとても重要になります。

例えば、地球の絵を描いてみます。
本当は、地球は表面がでこぼこしていますし、水もあれば、土もあり、その外に空気があります。
しかし、地球を理解するのに、基本的には地球をまん丸に考えましょうという場合ももあります。
地球の運動を考えるときには、本当はまん丸じゃない、多少でこぼこがあるけれど、丸いことにしておくのです。
それによって、地球の運動をシンプルな方程式(ケプラーの法則といいます)で表現できるのです。

また、たとえば、アメリカのトランプ大統領を理解しようと思ったらどうでしょうか。
トランプさんを記述する要素をいくつかあげると、

  • 名前は、Donald Trumpさん
  • 政治的地位は、アメリカ合衆国第45代大統領
  • 所属政党は、共和党
  • 資産は、45億ドル
  • 職業的には、企業経営者
  • 出身校は、ペンシルバニア大学
  • 子供は、5人
  • 宗教は、長老派教会
  • 身長は、191㎝

様々な要素があり、これだけ並べても、この人を表現し切れていません。

トランプさんをどういう観点で見たいか、言い換えるとどういう角度からこの人を説明したいかによって必要な要素が変わってきます。
例えば、この人が企業経営者であるという視点で見たときには、資産がこれだけという要素が必要になるでしょうし、その流れとして、政治に対する姿勢や、所属政党といったものも関係してくるでしょう。
一方で政治主導者としてみたとき、間違いなくアメリカの大統領で、共和党の人という基本的な属性の他に、出身校からその人の人脈を想定することもできます。
宗教も存外重要な要素です。
私はこのあたりは素人なので詳しく解説できませんが、キリスト教とひと言で言ってもいろいろ広がっています。カトリックとプロテスタントというおおざっぱな分類だけではなくて、本当に細かく細かく枝分かれしています。
これが個人の生活スタイル、ひいては政治のスタイルや思想にどう反映するのかといったことも考えると、政治指導者として見るために必要な要素として浮かび上がってきます。

われわれは、様々な対象を見るときに、どんな角度で見るかという観点を定めます。
それは、いったい何を大切に考えて記述しようとしているかということの現れです。
Donald Trumpという一人の人を見るときに、何を大切な属性として見るかによって、知らなければならない情報は変わってくるのです。

2. 地域をシステムとして捉える

ここからは私のフレームワークを紹介します。

専門分野は複雑適応系という分野で、その観点で世界を理解しようとしています。
具体的には、30代前半までは地震の統計的性質とモデル化、簡単に言うと、地震の予知の研究をしていました。
30代後半から40代後半にかけは、企業経営における創発型戦略というのを考えていました。
特に顧客のコミュニティを生み出すマーケティング戦略について扱っていました。
簡単に言うと、ファンのかたまりをどうつくるかという話です。
十数年前に書いた論文はポケモンを題材にしていました。
50を過ぎてから、学習コミュニティの創発、つまり、どうやったら学ぶ集団ができるのかということを研究しています。
一見ぜんぜん違うテーマを扱っているようにも見えますが、基本的に私は、世界をシステムとしてみるクセがついています。
複雑適応系という専門分野のフレームワークを使って、地震という現象を見た時期があり、企業経営という事象を見た時期がありり、学習という事象を見ている時期が、今現在あります。

地域に関わる仕事をする機会も多々ありますが、そのときもかなり冷静にと言うか冷たく観察するようにしています。
地域をシステム論的に理解しようとしていると言っても良いでしょう。
余談になりますが、これは、地域をファンタジーとして捉えることと対極にあります(少なくとも私はそうあろうとしています)。
ここでいうファンタジーとは、「美味しいもの、素晴らしい街、これを活かして活性化しましょう」などと「ふわっ」と取り組む形です。
よく出会う「似非コンサルタント」は「みんなで地域のいいものを探しましょう」といったワークショップをして、「その資源の源にあるのはなんですか。この地域にいる人、つまりみなさんです」などと一時的に気分を盛り上げておしまいです。
あるいは、その「地域資源」を使った製品を開発し、パッケージのデザイン料をもらうという場合もありますが、商品、すなわち売れるものにならない事例も多々あります。
これでは世の中どうにもなりません。

話をもとに戻します。
私のフレームワーク(考え方の枠組み)において、

  • 観点は、システムの観点
  • 要素は、構成要素、基本方程式、環境、相互作用

となります。

あまりアカデミックではありませんが、「ベイブレード」という子供の遊びを例に紹介しましょう。

ベイブレードというのはご存知のとおり、少しかっこよくした「コマ」です。
このコマをぶつけ合って、長く回り続けたほうが勝ちという遊びで、私より上の世代では「ベーゴマ」と読んでいたものを小学館が現代風にアレンジしたものです。
この遊び全体をシステムとして考えます。

このベイブレードで使われるコマの一つ一つが、構成要素で、ただただ回ることが基本方程式です。
構成要素であるコマにはいくつもの種類があり、形やおもり、バランスがそれぞれ異なります。
コマ同士が回ってぶつかると、お互いに弾き合います。
二つの構成要素の間で生じた関係を相互作用といいます。
この場合は、「弾きあう」という相互作用が生じています.

環境は「スタジアム」。
この中でやるのと、お盆でやるのとでは違います。
周りの環境によっても、コマの挙動は変わります。

コマは自分で回り方(基本方程式)を変えることができませんが、我々が触ることで、ある程度挙動が変えられます。
ここで問題です。
他に、このコマの基本方程式は変えられないでしょうか。
一つは、パワフルなシューターで、回転数を上げる事が考えられます。
また、逆回転するようなコマもあります。

このように、構成要素や基本方程式、相互作用を少し調整すると全体として全く違った動きが見えてきます。
私が世の中を見るときは、全体を一つのシステムとして見た上で、それらの要素がどのようなものかを見極め、なにをどのように変化させるとシステム全体の挙動がどのように変わるかと行った考え方をします。
地域を見るときにも、人や企業、組織を構成要素として、それらの間の関係性を相互作用、地理的歴史的な背景を環境として受けとめ、それらをどう動かすかということを考えるわけです。

特に人間社会の場合は、システムの中でも少し複雑さが増します。
人間社会を構成する一人ひとりのことを私の分野ではエージェントと読んでいます。
エージェントというのは、自分で行動ルール(基本方程式)を持ち、学習によってそれを変化させることができる主体のことです。
学習と言っても、机の前に座って授業を聞くというものばかりではありません。
むしろそれはマイナーで、周囲の状況を見て自分の行動ルールを変えていくことのほうが多かったりします。

たとえば、ふつうのサラリーマンはスーツにネクタイ姿が標準的な服装です。
もちろん、会社のルールとして定めているところもありますが、それにしても色まで黒で統一されているというのはとても興味深いところです。
なぜ、多くの社会人はスーツを着るのでしょうか。
実は、周囲のエージェント(他の人)の様子を見て、自分のルールを決定していたりするのです。
「人の振り見て我が振り直す」という言葉のままに、自分にとって重要な相手との社会的関係をつくるために適切なルールを構築していくのです。
特に人間の場合は、このルール、すなわち基本方程式がどんどん複雑化していきます。
基本方程式をどのように変化させていくかというメタルールを「戦略」と呼びます。
言い換えれば、他のエージェントとの関わり、すなわち相互作用をどう受け止めるかということです。
また、相互作用でやり取りする中で、よいものを多くのエージェントが取り入れ強化し、よくないものは捨てて(淘汰)、システム全体が一定の構造を持つことがあります。
これが創発と呼ばれる現象です。

地域や企業をシステムとしてみた時、それを良くしよういうという取り組みは、とても小さなアクションの積み重ねになります。
たとえば、田舎の漁師さんたちに、「このままじゃ先細りだから、やり方を変えなきゃいけない」といくらいっても、そう簡単に変わりません。
業を煮やして、外から人を入れて地域を変えたくなりますが、地域の人が喜ぶとは限りません。
企業におけるコンサルタントの立ち位置も似たようなものです。
その地域や企業の中の構成要素や基本方程式、相互作用や環境、それらを一旦飲み込んで、特に基本方程式や相互作用が少しずつ変わるような刺激を与え続けるのが仕事だったりします。
人と人との関わり合いをいきなり変えようとか、要素の基本方程式を変えようとしても、簡単には動きません。
ゆっくりやりながら「ここがてこになる」というポイントを見極めます。
多くの地域には、改善しなければいけないことがたくさんあります。
しかし、相手の都合を無視して、こちらの行動ルールを持っていっても変わりません。
ちょっとだけスピードを上げる、向きを変える、ナナメの関係を作るといった刺激を与えるのがコツです。
小さな刺激を与えながら、相互作用の質を変化させ、システム全体の構造を変えていくのが地域や企業を活性化するという取り組みだったりするのです。
具体的にやっていることは、実は「励まし」が多かったりするのですが、それはまた別のお話ということにしておきましょう。

さて、人間は複雑適応系でいうところのエージェントの典型例です。
自分の行動ルールを持っていて、人の動きを見て、自分のルールを変えられます。
「家を出ようとしたら、みんな傘を持っている、だったら自分も持って出る」といった具合に小さなところでも周囲との相互作用を通して自分の行動ルールをつくっています。
また、我々の行動を通して、自然環境、政治環境を変えていくこともできます。

我々が自分のルールを変えるとき、二つの学習パターン、すなわち戦略があります。
一つが知識型で、正しいこと、正解がわかっているなら、それを実行するというものです。
適切な方法があるなら、それをやるというものですが、実は、自分たちが知らないだけで、もっとい戦略があるかもしれません。
もう一つは探査型で、仮説検証しながらうまくいくものを探すというものです。
これは、正解がわからないときや、もっと適切な解を求めたい時に取る方法です。

人間は知識型と探査型の両方持っていますが、どちらが強く出やすいかは人によって違います。
どちらが良い悪いというものではなく、どちらも必要です。
例えば行政の方が、行政手続を探査型で進めると大混乱になりますが、新規事業の開発は知識型では決してできません。。

知識型の戦略でうまくいくと、その人は成功体験を守ります。引き続き知識方を守る傾向があります。
知識型で失敗すると、そのエージェントはうろたえ、①古い考えにしがみつく、②見ないふりをする、③一発逆転を狙う、といったことが起こりますが、時には④「なにか変えなければどうにもならない」と新しいチャレンジが生まれることもあります。
この四つの差は小さく、どれが出てくるかその状況で異なります。
地域の中に一人、「試しにやってみなよ」という人、守ってくれる大人がいると、チャレンジが育ちやすくなります。
最近ファンタジーに毒された状態で、「地域おこし協力隊」などに参加する人がいますが、そこにどんな大人がいるかよく見て選ぶほうが良いでしょう。
地域の中でちょっと変なことをする人を応援する人がいるかいないかで、その地域の挙動は大きく変わります。

探査型の人が成功すると、探査型としての特性が強い人は次の探査に行きますが、成功体験を守る人もいて、けっこうな割合で探査型の人が知識型に移行します。
探査型の人が失敗すると、めげずに次の探査を進める人がいる一方で、失敗に懲りて知識型に移行する人も出ます。
これは探査型の行動の失敗をどれだけ肯定的に受けとめられる環境かということが大きく作用します。

ここまででわかるのは、地域に限らず、人間の集団は放置するとある程度知識型に収束する、つまり環境変化に対して弱くなる傾向があるということです。
地域や企業が元気になったり落ち着いたりを繰り返しながら持続するすためには、その中に、1割から2割程度の探査型のおもしろい人間がいられる環境を作ることが望まれます。
大手企業では、そういう人を意図的に雇用している事例もあります

いずれにせよ、一つのシステムの中で似たようなエージェントが集まると、同じような相互作用、関わりしか生まれなくなります。
多様なエージェントがあるから、相互作用が豊かになります。
そう考えたとき、多くの地域や企業はどんな状況にあるでしょうか。
そして、地域や企業を『支援する」側の人はどんな役割を果たせているでしょうか。
ときには立ち止まって考えて見る必要があるのではないかと思います。

投稿 地域をシステムとして捉えるフレームワーク第13研究室 に最初に表示されました。

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