第4回(最終回)は、B/S経営の一番のキモであるB/Sビジョンについてまとめてみます。B/Sビジョンとは、

将来の自社のB/Sの形を核として宣言した長期的なゴール

と定義します。
通常5年を目安に設定するゴールと異なり、20年程度の長期で設定するため、あえて「ビジョン」という表現をとっています。

これが会社の成長と進化を加速させる重要なキーであり、B/S経営の要諦でもあります。

が、その前に、そもそもビジョンとはどういうもので、どんな働きをするのかについて振り返ってみましょう。

1. ビジョンってなんだろう

会社のあり方を表現するものとして、ミッション、ビジョン、バリューとか経営理念という言葉が語られ、混在していることも多々あります。
そもそもビジョンってなんでしょうか。
少し乱暴ですが一言で企業のビジョンを定義するなら

その企業が社会の中でどのような位置を占め役割を果たそうとしているかというあるべき姿

となります。
たとえば、Amazonを例にとると

Our vision is to be earth’s most customer-centric company; to build a place where people can come to find and discover anything they might want to buy online.
私たちのビジョンは、地球で最も顧客中心の企業になることです。すなわち、オンラインで購入したいものを探し発見できる場所を作ることです

とあります。
企業としてのあり方を多くの人が理解できる言葉で表現しています。

ビジョンが示されることは、その企業がビジョンの実現に向けて行動するということを意味します。
ビジョンは当然現状よりもより望ましい企業の状態を示しますから、それを実現するためにはいくつかのハードルをクリアしなければなりません。
それらのハードルを経営課題と呼び、どのように経営課題を解決するかという道筋と、資源配分をまとめたものを経営戦略といいます。
本来、経営課題も経営戦略も、ビジョンがあって初めて成立するものなのです。
ビジョンがない状態で経営課題という言葉を使っているとしたら、それは、目の前の困りごと、不都合な現状、すなわち問題点を表しているに過ぎません。
言い換えれば、現状維持のための方法を模索しているということになります。
そこには戦略は生まれまず、目の前の問題解決のための戦闘が繰り広げられることになります。
最悪の場合、賽の河原に石を積むに似た徒労感をもたらすことにもなります。

それに対して、ビジョンを描くことは、企業の活動に長期的な展望と課題、実現までの戦略を生み出すという力を持ちます。
同じ努力をするなら、望ましい未来に近づくための努力をする方が経営者も従業員も頑張ろうという意欲が高まります。
良いビジョンを掲げる企業の方がそうでない企業より成長しやすい所以です。

2. じゃ、B/Sビジョンってなんなんだ

ビジョンの表現は千差万別ですが、多くの場合は言葉で表現されます。
それは、従業員だけでなく顧客や取引先といった様々な関係者が、ある程度共有できるイメージを示すことが大事だからです。
ところが、ビジョンの実現に向けて一歩でも動き出したら、そこはもう厳密なマネジメントの世界です。
そこでは、数字が大きな役割を果たします。
ビジョンはいわば「絵に描いた餅」ですが、数字で管理することで、それを「本当の餅」にしていくことができるようになります。
ビジョンをブレイクダウンして期限を定めたゴールを設定する際には、そこからKGIとして数字も示されるようになりますが、その前の段階から、言葉と数字を連動させてイメージしておこうというのがB/Sビジョンです。

では、ビジョンの言葉をどのような数字にすればよいのでしょうか。
売上を示せば良いのか、利益を示すべきなのか、はたまた市場シェアで表せばよいのか。

前の記事で示したようにP/Lは会社のDoing(やっていること)、B/Sは会社のBeing(あり方)を表します。

であれば、会社のあり方を示すビジョンを数字で表すには、B/S(貸借対照表)の形で示すのが適切であるということになります。
そこから中期のゴールに落とし込み、、売上や利益に関する目標、その実現のためのKPIの設定に進んでいきます。
では、B/Sビジョンはどのようにつくればよいのでしょうか。
一番典型的なパターンを見ていきましょう。

3. B/Sビジョンのつくりかた(1)・・純資産額

B/Sビジョンでは、将来のビジネスモデルをふまえた強いB/Sをイメージします。
強いB/Sとは、大きな環境の変化に負けないB/Sであり、新たな事業が生まれやすいB/Sであると定義しておきます。

そう考えたときに最初にイメージするべきポイントは、純資産(自己資本)の額です。
純資産は資本金と利益剰余金の合計ですが、これが大きいということは、継続的に利益を出していることの証明でもあります。
さらにいえば、利益剰余金として積み上げられるのは税引き後の純利益に限られますので、税金を払わない限り純資産は厚くなりません。
つまり、利益剰余金を積み上げている会社は、節税よりも長期的なB/Sの強化を優先しているということになります。
いずれにせよ、利益に対する意識が強くないとできません。
そして、これが会社の信用力の源になります。
そもそも、金融機関からの融資を受ける際の担保も、B/Sの左側では不動産等の固定資産ですが、右側ではその原資となったのは自己資本です。
純資産は資金調達上大きな武器になります。

また、負債と違って、「他人の金」ではありませんから、経営者を中心とした会社の意思で使途を定めることができます。
つまり会社の自由になる金ということです。
これを、現金として持つにしても、固定資産に変えて新たな利益の種にするとしても、経営判断として選ぶことができます。
逆に純資産が少ない場合、経営の選択肢が狭くなります。
最悪、今日の「日銭」を稼ぐことに注力せざるを得ません。
そういうビジョンは描きたくはないものです。

さて、純資産額は当然会社の規模によって大きく変わります。
適切な純資産額を考えるときには、社員ひとりあたり(パートさんは1/2人で計算)の金額でイメージします。
ちなみに大企業の純資産はどれくらいでしょうか。

2020年3月期で、トヨタは純資産総額は21.3兆円、従業員数は36万人です。ひとりあたりの純資産はおよそ6,000万円となります。
従業員の平均年収が870万円ほどということですので、単純計算でいうとおよそ7年分の年収に相当する蓄えがあるということになります。

さすがにこれほどの純資産を持つというのは簡単にできることではありませんが、例えば、人件費2年分とか、固定費1年分とかいった目安であれば非現実的なものでもないでしょう。
そう考えれば一例として、ひとりあたり1,000万円というのをビジョンとして描いてはどうかと思います。
これだけあれば、少々大きな変化でも、落ち着いて構えることができますし、新しい事業へのチャレンジも少し後押しされるのではないでしょうか。
純資産(自己資本)はプラスマイナス双方の環境変化に対応するための資金でもあるのです。

4. B/Sビジョンのつくりかた(2)・・固定資産

純資産額の次に考えるのは固定資産です。
固定資産は、現在の事業で利益を生み出すための原動力となるものです。
工場や製造機械がなければ製造業では製品を生み出せず、当然利益も得られません。
だからといって持てばよいというものではありません。
その固定資産が
 1. 本当に価値を生んでいるのか
 2. これからも価値を生み続けるのか
 3. これから先何年価値を生めるのか
 4. もし売却したらいくらになるのか
という点を考えて持つ必要があります。

1.や2.は固定資産が現在の利益にどれほど貢献しているかを考える視点で、短期的には強く意識する必要があります。
一方、3.と4.は、普段あまり考えないことですが、現在のビジネスモデルをどのように進化させるかを考える上ではとても重要な視点です。

例えば製造業を例にとった場合、実際のものづくりに注力するのであれば、土地や機械、設備といったものは必須のものです。
しかし、その前工程の企画や後工程の販売に力を入れるとしたらどうなるでしょう。
必要な固定資産は開発用のものであったり、販売のためのものであったりと、変化します。
あるいは自社の資産として持たなくてもよいようにビジネスモデルを構築することもできるでしょう。

今現在所有している固定資産に依存しないビジネスモデルに変えてくのであれば、これらの資産の売却のタイミングや売却時の価値も気になるところです。

同じ仕様のものを大量に生産してコストダウンを図り利益を出すという方向性は相当のスケールを要求されます。
それは中小企業の主戦場としては望ましいところではありません。
であれば、バリューチェーン全体の中で自社がどのような位置を占めるのかを再定義し、そこでの競争優位を生み出す固定資産のみを持つという考え方が必要でしょう。

B/Sビジョンにおける固定資産は、儲かりやすいビジネスモデルに変えていくことを前提に考えることになります。

5. B/Sビジョンのつくりかた(3)・・流動資産

流動資産は文字通り流動性の高い資産、すなわち現預金と短期間で現金化できる資産です。乱暴な言い方をすればキャッシュです。
会計の専門家からお叱りを受けるような乱暴な言い方をすれば、要するにキャッシュです。

キャッシュの特徴の一つに、何にでも姿を変えることができるというものがあります。
機械を買うもよし、人を雇うもよし、商品を仕入れるのもよし、使い途は自由自在です。
せっかく純資産を厚くしても、それらが固定資産に変わっていたら、チャンスにしろピンチにしろ大きな変化に出会ったときに、すぐに対応することはできません。
先に考えた固定資産とセットで流動資産、もっといえばキャッシュフローをどれだけ持つようにするかをビジョンとして描くことで、様々な環境変化に対応してビジネスモデルを変えていこうという意思決定になります。

6. 財務力

ここまで、一般的なB/Sビジョンの描き方について見てきました。
しかし、ビジネスモデルによって望ましいB/Sの形は異なります。

利益率が非常に高いビジネスであれば、多少負債を増やしてでも大きく回していくでしょう。
逆に、あまり利益率が高くならないビジネスであれば、安全のために純資産を厚くしようと考えるのが普通です。

これらの判断の基準として

財務力=ROA×自己資本比率

があります。

ROAは、総資産に対してどれだけの利益があるかという、B/Sベースの利益率です。
他人の金も自分たちの金も全部投入して事業を行ったときの「利回り」と言ってもよいでしょう。
ROAが高いということは、小さな投資で大きな利益を生むビジネスモデルになっているということを表します。

一方自己資本比率は総資産に対する純資産(自己資本)の割合です。
これが高いということは、プラスマイナス双方の環境変化に対応するための資金がある程度あることを示します。
自己資本比率が高いということは、借入金に依存しない安定した会社経営をしているということになります。

財務力はこれらのかけ算で表されます。
それは、

1. ROAが高い企業は、多少自己資本比率を下げても大丈夫
2. ROAが低い企業は、自己資本比率を上げておく必要がある

という意味を持ちます。

そのため、財務力は自社のB/Sビジョンを描く際に、どの程度のROAが出せるビジネスモデルにするのか、その場合の適切な自己資本比率はどれほどかと考えるさいの指標として活用できます。

財務力の目安としては、100を超えればまずは優良企業、300を超えればかなり優良、くらいにイメージするとよいでしょう。

おわりに

B/Sビジョンは、言葉だけで表現しきれない会社の形やビジネスモデルのあり方を規定する力を持ちます。
言葉にしたビジョンを実現するための大事な羅針盤として、B/Sビジョンを活用することを強くおすすめします。