以前大学の履修証明プログラム(社会人向け講座)の中で「協働の理論」という科目を担当し、協働を促進するコーディネートの理論について講義をしていました。
コーディネーターの理論的研究というのはそれほど多くはないですが、全く無いというわけでもありません。
私の周りでは東京都市大学の佐藤真久さんあたりが取り組んでいます。

そもそも、コーディネーターの役割や振る舞いについては、実践を通して『体得』する必要がります。
そのプロセスはまさに経験学習のプロセスです。
であれば、体験したことをどのように意味づけするかが学びの質を大きく左右します。
だからこそ、学んだからといってすぐに使えるものでもない、しかもそれなりに難解な理論を早めに身につけておくことに意味があります。

ここで示すものは、コーディネートに関して、私の専門性から見た一側面ですが、現場での経験を意味づけるのに活用してもらえればありがたいなと思います。

1. 社会を複雑適応系として捉える

複雑適応系とよばれるシステムには、「周囲との相互作用を通して自らの行動ルールを変化させる(これを学習という)」ことができる要素が互いに相互作用することで全体の挙動が決まるシステムのことで、そのひとつひとつの要素は「エージェント」と呼ばれます。
このように定義するなら、人間社会は複雑適応系の一つとして捉えることができそうです。

エージェントは、周囲の他のエージェントの行動の結果を見て、自分の行動ルール、すなわち戦略を修正します(戦略という言葉のちょっと特殊な使い方です)。
その際、戦略をどのように決める、あるいは変更するかという戦略形成の方法、すなわち、メタ戦略には、「知識型」と「探査型」の二種類があります。

知識型」は最も環境に適応した「正解」を活用しようとする方法。
突然変異率が低い(要するに、変化が小さい)環境で、初期段階で成功戦略がはっきりしている場合に効果的な戦略形成の方法です。

うまいやり方がわかっているなら、それを効率的にまねる

というのは、決して悪いやり方ではありません。
たとえば大量生産大量消費社会の企業戦略の形成は基本的にこの方法でよかったのです。

探査型」は、環境に適応した解を試行錯誤を通して見出そうとするもの。
突然変異率が大きく、従来の戦略がすぐ陳腐化するような状況ではどうしても必要になるやり方です。
ただし、試行錯誤とその結果を評価するのに時間がかかると全く意味を成しません。
ですから、システムからの迅速なフィードバックが必要になります。
つまり、

試しにやってみた結果がよいか悪いかすぐに判断できる状況

で生きるやり方です。

これら二つの戦略は、状況によって組み合わせるものでどちらが良くてどちらが悪いというものではありません。
ただ、少し意識しておきたいのは、どのような組織や集団でも、時間の経過とともに「知識型」のメタ戦略が優位に立つようになるということです。

その理由は以下のとおりです。

①「探査型」で成功した場合
   >>その成功に依存し、知識型にシフトする
②「探査型」で失敗した場合
   >>探査そのものに対する外圧が大きくなり試行錯誤が難しくなる
③「知識型」で成功した場合
   >>成功に依存し同じ仕組を繰り返す
「探査型」が求められるのは、「知識型」の戦略形成がうまく行かなかった時だけなのです。
従来の戦略がことごとく失敗し、成功戦略が見えない状況になってはじめて「探査型」の必要性が声高に語られるようになるのですが、それからでは実は遅いんですね。
「知識型」がうまく作用している間に「探査型」が一定の割合で機能するように組織や集団の自由度を高めておく、言い換えれば

組織や集団に、ちょっと変わったことに挑戦する部分をつくっておく

ということが大事だったりします。

ここまででコーディネーターの役割がひとつ見えてくる。
それはひとことで言うと

「知識型」が優位に立っている既存のシステム(組織や集団)のなかで「探査型」の取り組みが十分に行われるような環境を整備し続けること

です。
それは具体的にはどういうことでしょうか。
その問いに対する解が、システムとしての組織や集団を、ある方向へ誘っていく「ハーネシング(馴化)」という介入です。

2. 創発を引き起こすハーネシング

複雑適応系と呼ばれるシステムの特徴のひとつに「創発」と呼ばれる現象がある。
これは、

要素間の局所的な相互作用の結果、それぞれの要素単体では持ち得なかったシステム全体としての性質を持つようになること

と定義されます。
誰かが設計しなくても、それぞれのエージェントが周囲の環境やエージェント同士の相互作用の中で適応しているうちにシステム全体の大きな動きが決まっていくというのがミソです。

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ただ、厳密に設計や計画はできなくても、ある程度の幅を持って、全体を方向づけるような介入はすることができます。
これが複雑適応系のマネジメントの考え方です。
ただし、一般的にマネジメントという言葉が持つ管理の意味合いはあまり意味をなしません。

緩やかに方向付けながら、組織や集団のパフォーマンスを高める介入

が複雑適応系のマネジメントの要諦と言えます。

具体的には、そこに参画する人たちの対立を前提とした枠組みで、協働と淘汰による戦略の進化を促すために

1. 多様性の確保
異なるパワー(影響力)、資源、知識が存在することを、①認識して参加を誘発、②「軋轢の歴史」を踏まえて参加を誘発することで、それぞれのエージェントの戦略の変化のバリエーションが大きい状態を作り出す
2. 「唯一の場」づくり
枝葉を落とした議論の場のスタンダードが存在する状態=「この話はここでしかできない」状態を作り出す
3. 透明性
プロセスとアウトプットの透明性が局所的な相互作用を促進する
そこには、①原則の共有、②前提の共有、③プロセスの共有、④結果の共有といったファシリテーションの基本的な考え方が含まれる

というの三つを調整します。

こういった働きかけを、ドライバーが車を完全に操作するようにシステムをコントロールするのではなく、御者と馬の関係のように、ゆるやかに方向を定めていくという意味あいをこめて

ハーネシング(無理に日本語訳すると「馴化」)

とよんでいるわけです。

コーディネーターと呼ばれる人たちは、自分が関わるフィールドでプレーヤーとして表立って主導的に振る舞うわけでも、プロジェクトを管理するわけでもありません。
むしろプレーヤー同士の相互作用に気を配り、その中で多様性や透明性を維持しつつ、「探査型」の活動が進みやすいように環境を整えることが大切な仕事です。

少し抽象的にいえば

対象となる集団に情報やエネルギーを投入して、「探査型」エージェントの行動が促進・増幅され集団の中の相互作用が変わりやすくなるような介入を通して集団の大まかな方向性を調整しつつ、その進化を促す

ことがコーディネーターの役割なのです。