大学の域学連携教育の事例として、私自身が携わった「みやぎ・せんだい協働教育基盤による地域高度人材育成事業(以後、みやぎCOC+)」についてご紹介します。
この事業は、宮城県内の12の高等教育機関が連携して、文部科学省の補助事業である「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+事業)」に採択されたものです。
COC+事業では、地域産業の担い手として学生が地元に就職することを目指して域学連携教育の推進が求められていました。
とはいえ、学生の進路をこちらの都合で狭める訳にはいきませんので、
どこでも生きていける学生を育て、彼らがあえて残りたくなり地域の企業が増える仕組みを作る
というスタンスで「みやぎCOC+」事業を組み立てました。
「みやぎCOC+」事業の枠組みは改めて別の記事でまとめることとして、今回はその中でどのような域学連携教育の設計をしたかをご紹介します。
目次
1. ミニカリキュラム「地域教育科目」
「みやぎCOC+」事業の眼目は、東北学院大学で開講され、単位互換のネットワークを通じて連携大学にも開放された「地域教育科目」と呼ばれる科目群です。
これは「地域の課題I」「地域の課題II」「地域課題演習」という、わずか三科目からなる科目群に過ぎませんが、この中に域学連携教育のエッセンスをすべて投入しました。
前の記事の最後にまとめたように、域学連携教育として成立する学習プログラムは
状況を変えるという取り組みの中で「深い学習」が促進されるようにカリキュラムレベルで設計されたプロジェクト型の学習
であるという認識のもとに、この三科目をミニカリキュラムとして設計しました。
カリキュラムというのは、それ自体が何らかの教育目的を実現するためのものです。
「地域教育科目」では、それを
「地域高度人材」=複雑な文脈が織り込まれた地域において、産業の革新と自治の担い手として、地域の文脈を理解しそれらに適応しつつ、関係者に能動的に働きかけ、新たな価値を生み出す人材
の育成と定めました。
このような教育目的に対して、三科目で到達すべきゴールとしては、
自ら仮説を設定し試行錯誤を繰り返しながらより適切な解を導き出すことを現場で実践できる
こととしました。
これがこのミニカリキュラムの「疑似」ディプロマ・ポリシーとなりました。
この「疑似」ディプロマ・ポリシーのレベルまで学生の学びを進めるために、どのような科目と学習方法、学習活動を設定するかを、ミニカリキュラムポリシーとして策定しました。
それが以下の四項目です。
1. 「浅い学習」から「深い学習」に進むように内容と教授方法を変化させる
2. どの科目も専門の知識・探究手法を活用できる内容とする
3. 課題設定手法を習得する機会を設定する
4. 具体的な課題を解決する実習科目を設置する
また、「疑似」ディプロマ・ポリシーのレベルに学生が到達したことを確認するための評価指標として
1. 持続的挑戦
2. ネットワーク分析
3. ネットワーク構築
の三つからなる「地域高度人材指標」を設定し、そこから各科目で運用するための下位指標も設定しました。
二つのポリシーと「地域高度人材指標」に沿って三つの科目の内容、学習方法、学習活動および評価指標を定めました。
それが次の表です。
また、ミニカリキュラム全体でディープ・アクティブラーニングを進めるため、
1. 認知的コンフリクト:これまでの知識やスキルで対応できない課題
2. 学生の相互作用:ディスカッションや協働の機会
3. 形成的評価:評価指標に基づく迅速で信頼性の高いフィードバック
をすべての科目組み込むようにしました。
「地域の課題I」はケース教材を用いて地域企業の課題抽出に取り組む授業で、東北学院大学では全学必修科目として開講されました。
1クラス平均200名以上が受講するたマンモス講義ですが、ケース教材を用いて、課題解決のフレームワーク、特に課題設定の方法について疑似体験しながら学べるようにしました。
他大学に開放した「単位互換版」では、調査とディスカッションを中心としたものにしましたが、それでも課題設定の方法を学ぶという点は変えていません。
「地域の課題II」は、地域企業の経営者へのインタビューや調査、ディスカッションを通して、その企業の課題解決のためのプロジェクトを設計するという建て付けの授業です。
学生自身が取り組むという前提条件のプロジェクトを設計するため、通常の座学よりはリアリティのある学びではありますが、本格的な域学連携の学習プログラムの前段階という位置づけです。
「地域課題演習」は、地域企業の課題解決の現場に参画し、学生自身が周囲の人たちと協働しながら仮説検証を繰り返すものです。
この科目で域学連携教育の学習プログラムとして完成します。
2. 地域課題演習の設計と運用
「地域課題演習」は、受入企業のビジョン実現に向けて必要な取り組みの一部(商品開発やテストマーケティング、顧客との関係構築など)をプロジェクトとして切り出し、3〜4週間の時間をかけて仮説検証を繰り返すプログラムです。
必要に応じて、外部のコーディネート機関とも連携しつつ、
①プロジェクトの設計、②マッチング、③受入環境整備、④各種研修、⑤日報を活用した形成的評価、⑥ふりかえり
という流れで進めていきました。
学生は、「プロジェクトで示された課題が本当に課題なのか」、「実は問題ではないのか」というところから確認を始め、受入企業の担当者とのディスカッションや実務を通して改めて自分で課題設定をします。
学生の日々の活動は日報を通じてモニタリングされ、必要に応じて教員や現地コーディネーターからフィードバックが提供されます。
それによって学生は自身の取り組みを再度ふりかえり、翌日の行動を改善します。
期間なかばの中間研修では、それまでの進捗確認を通して、前半の行動の質と量、仮説の妥当性を評価し、後半の行動計画を再設計します。
現地での活動が終了した後は事後研修で、どのような仮説検証を行ってきたかをふりかえり、その過程での学びを言語化します。
この科目では、
①目標達成、②レジリエンス、③価値創造、④意思決定、⑤協働
の五つの指標で教員からの評価をするとともに、自己評価もします。
プログラム参加前と後の自己評価の変化は顕著で、①目標達成、②レジリエンス、③価値創造といった、これまで経験が少なくこのプログラムで意識して取り組んだ事柄で自己評価が大きく向上していました。
④意思決定、⑤協働に関しては、実践の現場で自信を持ってできたという意識は持てない場合が多く、自己評価が横ばいまたは下がる傾向がありました。
教員側の評価としては、ほとんどの学生がすべての項目において向上していると判断されましたが、自己評価の場合は、事前事後でその人の中の評価の水準が変化するため、必ずしも教員側の評価と一致するものではありません。
「みやぎCOC+」事業では、地域連携教育のプログラムをこのように設計・運用しました。
それが絶対的な正解というわけではありませんが、より精度の高い域学連携教育の開発の参考にしていただければ、これに勝る喜びはありません。