
今回は市場戦略の話です。
ビジネスモデルを顧客起点で考える以上、市場(取引の場、顧客の集合体)としてどこを選ぶかというのはビジネスにとても重要かつ最初に考えるべき問題です。
世の中には、どんなに頑張っても儲からない市場があります。
昔は儲かったけれど、今は創意工夫しても儲かるのは難しい、突破口を見つけることすら困難な市場もあります。
そんな市場の意味づけを変えられたら大きな収益を得るチャンスですが、この点は次回の話とします。
今回は自社の市場をちょっとでも儲かりやすい市場にするにはどうすればよいかという点について考えましょう。
目次
1. 相場価格
多くの商品で「相場価格」と呼ばれるものがあります。
「相場より高い・安い」といった表現もよく使います。
この「相場価格」とはなんでしょうか。
一言で言うと
暗黙のうちに関係者が「これくらいが妥当だ」と納得するようになった価格
ということになります。
価格が上がると利益が出やすくなるため、商品の供給量も増えますが、同時に競争が激しくなって価格は再び下がります。
逆に価格が下がると利益が出にくくなり、商品の供給量が減りますが、希少性が増して価格は再び上がります。
このプロセスの結果として、ちょうどよい具合の価格、つまり「相場価格」に落ち着きます。
これはミクロ経済学で言うところの「均衡価格」と同義に捉えてよいでしょう。
少しミクロ経済学の復習をしましょう。
ミクロ経済学の基本的な前提として、
市場でも取引される商品の価格が決まれば数量が決まり、数量が決まれば価格が決まる
というものがあります。
実際の取引では、他にも様々な要因がありますが、取引のメカニズムを理解するためにいったんこの前提を受け入れましょう。
そうすると消費者(買い手)と生産者(売り手)のそれぞれについて、価格と数量(購買量または生産量)の関係が何らかの形(いわゆる関数)で表すことができます。
消費者は、ある商品の価格が決まるとその消費者自身の主観的な利益(金銭価値だけではありません)が最大になる数量の商品を購入します。
ひとりで複数買うという場合もあるでしょうが、市場の中で買う人が増えると考える方が自然です。
主観的な利益を数式で表すのは難しいですが、基本的には価格が高いと購買量は少なく、価格が低いと購買量は多くなるでしょう。
その総和を、価格を縦軸、数量を横軸にとったグラフで表現すると、曲線Dのようになります。
これを市場の需要曲線(Demand curve)とよびます。
一方生産者は、ある商品の価格が決まると自分自身の利益が最大になる数量の商品を生産・販売します。
基本的に、価格が高いと生産量は多く、価格が低いと生産量は少なくなります。
その総和を、価格を縦軸、数量を横軸にとったグラフで表現すると、曲線Sのようになります。
これを市場の供給曲線(Supply curve)といいます。

需要曲線(Demand curve)と供給曲線(Supply curve)が交わる点Eが均衡点で、そのときの価格P*が「均衡価格」、すなわち「相場価格」です。
この「均衡価格」があるということは、需要と供給のバランスがとれていて価格が安定している状態だということを表します。
「均衡価格」が上がる条件としては、マクロな要因として
・需要曲線が右にシフトする=社会全体の所得が上がるなど(商品によっては逆の挙動をします)
・供給曲線が左にシフトする=原材料不足等で供給量が少なくなるなど
という場合があります。
さらに
・需要曲線の傾きが緩やかになる=価格が少し下がると急激に需要が増える=必需品でないものの人気が上がった
・供給曲線の傾きが急になる=価格が少し上がっても供給があまり増えない=稀少価値が高まった
という場合が考えられます。
これらも基本的にはですが、市場の状況によってはある程度能動的に変化させることも可能なものです。
2. 完全競争という悪夢
非常に極端な話ですが、市場の「相場価格」(真面目に言えば「均衡価格」)が、生産者や消費者の行動によってびくともしない市場を考えましょう。
これは
完全競争市場
とよばれ、「ちょっと高く売ろう」とか「ちょっと安く買おう」という取り組みが無効な市場でもあります。
言い換えると、すべての生産者・消費者がその価格を納得して受け入れざるを得ない市場であると言えます。
これは、現実にはほぼあり得ないことですが、経済学の理論を組み立てる上では基礎となるような条件です。
さらに、完全競争市場は経営の視点からも大きな意味があります。
それは、
完全競争市場ではもうからない
からなのです。
言い換えれば、
完全競争市場の条件=儲からない市場の条件
だということになります。
では、完全競争市場の条件とは、どのようなものでしょうか。
それは、以下の5点です。
1. 市場に無数の企業がいて価格を一社で決められない
2. 市場への参入障壁がない(撤退障壁もない)
3. 提供する商品に違いがない
4. 技術や人材は企業間を自由に移動できる
5. 商品の完全な情報を顧客や競合が持っている
実際の市場でこの条件がそろうと、もはや悪夢です。
1と5がそろうだけでも価格はぎりぎりまで下がりそうです。
あるいは、1〜3だけを見ても、
儲かる市場なら競合が増え、商品に差がないから価格競争になり、ぎりぎりまで価格が下がる
ということがわかります。
3. 完全競争から遠ざかる
完全競争が儲からない条件であれば、逆にその条件を外すことで儲けることができるようになります。
そこで、ひとつずつ条件を外す方法を考えてみましょう。
1. 市場に無数の企業がいて価格を一社で決められない
⇒自社の一存で価格を決められるようにするためにはどうすればよいかを考えます。
いちばんよいのは、その市場の中で自社が圧倒的に大きなシェアを持つ状態、すなわち独占市場の状態です。
ひとつの方向性としては超巨大企業になるというものがあります。
一方、中小企業の方向性としては、
自社が圧倒的に大きなシェアを持てるまで市場を細分化する
方が現実的でしょう。
そのような市場が複数あれば強い状態になります。
2. 市場への参入障壁がない(撤退障壁もない)
⇒参入・撤退障壁を大きくするためにはどうすればよいかを考えます。
参入するときに特殊な資源、能力、ノウハウが必要な市場を選ぶのがひとつの方向性です。
そのために大手企業であれば資本を投入して規制を強化という手段もとり得ます。
一方中小企業では、複雑な人間関係の中で複雑なノウハウを構築する方が有効です。
例えば、同業他社とのつながりや地域とのつながりの中で積み上げられた信頼関係をベースにするような事業では、参入障壁も大きくなります。
同じような信頼関係を構築するのには、位置から組み立て直すしかないからです。
3. 提供する商品に違いがない
⇒商品とその周辺で差をつけるためにはどうすればよいかを考えます。
差の付け方のひとつは機能・性能です。
たとえば特殊な用途に用いる商品に絞り込むことで、結果として他社が提供する商品との差が生じます。
もうひとつは、提供方法で差をつけるということが考えられます。
テレビショッピングの「ジャパネットたかた」さんなどは、独自ローンや下請けなど提供方法で差をつけているよい事例です。
商品の機能と提供方法全体で顧客の全体の便益を追求していくことで、顧客にとって極めて重要で稀少なものを見つけることができるようになり、それが利益を獲得できる領域(プロフィット・ゾーン)を見いだせるようになります。
頭の体操として、「お客様の代わりをどこまでやるか」などということを考えてみると、可能性が広がります。
4. 技術や人材は企業間を自由に移動できる
⇒技術や人材の移動を難しくするにはどうすればよいかを考えます。
ひとつは、移動ができないようにすることです。
知的財産権の保護などはその典型的な方法です。
もうひとつは他者に移動しても、そのままでは使えない状態を作ることです。
たとえば、よい機械を入れてここでコストダウンしたとしてもパターンは、他者が同じ機械を入れたら同じようにコストダウンできてしまうかもしれません。
しかし、例えば社内の書類の回し方や決済の仕方が早くてコストダウンができるなら、機械を入れても、人をひとり抜いてもできません。
社内の仕組みとしてできている状態をつくれば、他者に利益を奪われる心配はないわけです。
5. 商品・サービスの完全な情報を顧客や競合が持っている
⇒情報を顧客や競合が持たないようにするにはどうすればよいかを考えます。
単純に考えると情報を隠すということになりますが、3や4と関連して、商品の機能や提供方法、生産方法全体の複雑な組み合わせに強みを持たせる用に考えます。
複雑な組み合わせにして、「なぜこの商品ができているのか、よくわからない。なぜこの商品をこの値段で出せるのか、よくわからない」という状況を作ります。
以上をまとめると、特に中小企業が完全競争から脱するには
そのまま引き抜いても移植できない複雑な組み合わせと、構築に時間がかかる顧客との関係性を強化して、小さい市場を独占する
ことを目指すべきだということがわかります。
4. 独占的競争
完全競争から遠ざかった先に目指すのは独占市場ですが、たとえそれを実現したとしてもいずれは競合他社が参入し、市場は徐々に完全競争に向かっていきます。
ただし、提供する商品に違いがあり、ある程度の価格決定権を保つことができますので、完全競争市場になりきることはありません。
このような状況を「独占的競争」といいます。
独占的競争では、差別化によって短期的に(競合が増えるまで)は独占市場、長期的には参入者も増え、似通った商品も増え、徐々に完全競争市場に近づきます。
したがって、企業が高い利益を維持するためには
独占的競争状態を次々と生み出す=連続的競争優位を生み出す
必要があることがわかります。
次回は、競争優位を作り出すための源泉としてのポジショニングと、新たな業界で自社の収益性を高められる方法について考えます。