11月27日、大阪産業創造館 経営セミナー

しぶとく生き続ける企業をつくるB/S経営

を開催しました。
その際の講義録を共有します。
B/S(バランスシート 貸借対照表)を基礎にした経営がどんな意味を持つのか、また、先行き不透明なこの時代になぜこれに取り組むべきなのか考える材料にしていただければと思います。

B/S経営の目的は、「強くてよい会社」をつくることです。
強い会社とは強い財務体質を持った会社、すなわち激しい環境変化の中でも安定し、高い収益性をあげられる会社を指します。
よい会社とは人が育つ会社と定義しました。
人が育つというのはどういうことでしょう。
企業ではまず、「稼げる人」になると言うことです。
稼ぐとは、金の亡者になるという意味ではもちろんありません。
人様のお役に立って、稼いで、みんなをハッピーにできるということです。
世の中が変わっても、それに見合ったお役立ちの方法を生み出せる人になるということです。

その中で、今回のセミナーのゴール(この原稿のゴールでもあります)としては

強くて、よい会社になるイメージをもてること

と設定しました。
今現在の会社の状態にかかわらず、自社が必ず「強くてよい会社になれる」と実感していただければ、ゴール到達です。
では、本題に入っていきましょう。

1.B/S(貸借対照表)を意識した経営

企業に限らず我々の社会は様々な「仕事」の集合体です。
仕事の本質は、「商品・サービスの提供を通して、顧客の欲求を満たす付加価値を生み出すこと」に他なりません。
レストランの料理人であれば、料理を通して、おいしいものを食べたいという欲求を満たします。
同じレストランでもホールスタッフであれば、接客を通して、心地よく食事がしたいという欲求を満たすことになります。

では、経営者の仕事はなんでしょうか。
経営者とっての商品とは、会社そのものです。
一方、顧客はだれか。
顧客としては三種類を考えるべきです

一つは自社の商品を購入してくださるお客様でしょう。
商品に加えて会社の価値をお客様は見ています。
よりよい商品を提供できる会社にするのは経営の大事な仕事の一つです。
二つめの顧客は内部顧客、すなわち従業員です。
従業員に対しては、よりよい仕事と報酬、そして成長機会を提供することが会社の価値です

三つ目の顧客は、株主です。
オーナー企業の場合は経営者自身だったりもします。
株主に提供すべき価値は、会社の収益性であり、そこから生み出される会社価値の向上です。
オーナー経営者の方も、自分の会社に投資した結果の利回りがどの程度あるかは意識する必要があるでしょう。
たとえば自社に1億円投資して、利益が100万円だったとしたらどうでしょうか。
そんな投資案件に普通だったら「乗らない」のではないでしょうか。

株主だけを顧客として意識するとおかしな経営になりますが、株主の存在を意識することで経営のハードルが上がり、その分経営者としての力が増すことは確かです。

会社の収益性を考える指標にROA(Return on Assets)があります。

ROA=利益/総資産

で表されます。
経営者の視点で見る場合、利益は、経常利益を使っていただくのがよいでしょう。
総資産は、B/Sに記載されている資産の総額です。
すべての資産を使って何%の利益を出したのか、それを表す指標がROAです。
総資産1000万円の会社が100万円の利益を出すのと、総資産1億円の会社が100万円の利益を出すのでは、会社のあり方やビジネスモデルも大きく異なります。
B/S経営は、会社を経営するに際してROAのようなB/Sに関連する指標を活用することから始まります。

たとえば、ROAを大きくすることを目指すとしたら、どんな考えになるでしょうか。
分子である利益を大きくするか、分母である総資産を小さくすることを考えます。
前者は、「いかに利益率の高い仕事を作るか」という志向につながりますし、後者は「いかに無駄なものを持たないようにするか」という考え方の方向付けをするでしょう。
B/Sは長い時間をかけてつくっていくものですから、これらの方向性も長期にわたって維持されます。
つまり、B/Sを意識することで、会社の「ぶれない基本方針」ができるわけです。
これは陰に陽に経営者と従業員の考え方に方向性を与え、企業文化として定着していきます。

ROAの分母である総資産は、経営者の意思決定によって作られます。
一方、分子の利益は、現場の活動による粗利益、マネジメントによって作る営業利益、経営によって作る経常利益と、それぞれの立場での役割がしっかりと果たされることで生み出されます。
ROAを指標とすることで、経営者、幹部、管理者、現場スタッフそれぞれの役割や責任を明確にし、権限委譲がしやすい状況を作り出すことができます。
それぞれの立場で責任を負うべき利益と権限が整うことで、会社全体が利益体質に変わっていくわけです。

2.B/Sの形を考える

企業のビジョンは、その企業がありたい状態を示すもので、一度実現したらよいというものではなく、追求し続けるものです。
いわば、「見果てぬ夢」とでも言うべきものです。
それに対してして、ゴールは、期限を決めて到達すべきものです。
企業経営では、ビジョンによって方向を定め、ゴールによって速さを定めます。
これが経営のベクトルです。

この経営のベクトルを一言で表すものとして

B/Sビジョン

を設定します。
B/Sビジョンとは、20年程度の先の自社のB/Sの形と、それが示す状態を数字と言葉で示したものです。
本来ならゴールというべきものですが、かなりの長期で考えるため「ビジョン」と表現しています。
これを描くことによって、先にも書いた経営のベクトルを定めます。

では、どんなB/Sビジョンを描けばよいでしょうか。
それを考えるために、B/Sの中身を少しだけひもといていきましょう。

B/Sの右側(貸方)は、どこから資金を調達したかを表し
B/Sの左側(借方)は、その資金を何に使っているかを示します。

右側(貸方)には、大まかには上から負債、資本金、利益剰余金が記載されています。
これらの各項目を、①どこから調達した金か、②その調達コストは何か、という視点で見ると

1. 負債:①他人から調達した金、②利息
2. 資本金:①株主から調達した金、②配当
3. 利益剰余金:①顧客から調達した金、②固定費

となります。

負債については、借入利率以上に利益を上げなければ意味がありません。
資本金については、配当を出せるだけの利益が必要ですし、株価上昇へのプレッシャーもかかります。
自社の株式の一部でも、よその人が持っていると、経営に体する緊張度が急激に上がります。
100%株主のオーナー企業で会っても、先に書いたように「会社の利回り」が低ければ、自分が持つ資金の投資効率が悪いということですから、時折は自分自身の経営を株主の目線で評価する必要があります。
利益剰余金は、会社として稼いだ金ですが、その稼ぎの原動力は固定費ですので、これが調達コストとなります。
そう考えれば、固定費は闇雲に削るべきものではなく、利益に貢献する、平たくいえば売値に反映させてもお客様が納得して支払ってくれるものに集中することを考えるべきです。

左側(借方)は、調達した資金がどんな形になっているか、資金の使い途を示しています。

流動資産(現金・預金、売掛金、在庫・・)は、すぐに資金にできるものであり、自由度の高い資産ですので常にある程度持っておく必要があります。
少なくとも短期に返済を迫られる流動負債よりは大きな額にしておいたほうがよいでしょう。

固定資産は、すぐに換金できない資産ですが、多くの場合、これが「現在の利益(現在のビジネスで生み出される利益)」の源泉でもあります。
「現在の利益」の源泉ではありますが、本当に必要なものかどうかは常に判断する必要があります。
たとえば、飲食店にとって冷蔵庫は重要な資産ですが、もし飲食店ができなくなったとき、他に使い道がなければ途端に使えない資産になります。
特殊な製造機械などはその最たるものです。

したがって、固定資産は将来にわたって利益に直結するものに絞り、そうでないものは、可能な限り持たずに、借りるなり、他社のと協働で対応するなりして、環境変化の際に別のビジネスにシフトしやすい状態を保っておくのが望ましいでしょう。
ビジネスを替えたときにも利益を生み出すのかを見極め、利益を生み出さない資産なら、今から考えて、切り替えていくようにします。

少し、思考を飛躍させてみましょう。
Apple社は、もともとはパソコンメーカーでした。
しかし、今のビジネスは、企画、販売、ブランディングが中心です。
製造のアウトソーシングを進め、ノウハウ支援をすることで余計な固定資産は持つことなく、利益率が高いビジネスモデルに変えていきました。

ものづくりにおいて、利益率が高いのは企画と販売、逆に製造は利益率が低くなりがちです。
製造業としてのコアスキルを持って、企画または販売にシフトすることで、増益の機会があるわけです。
これは製造業にとっては一つの大きなモデルケースになると言えるでしょう。

こういった変革の方向性と可能性を考えるためにも、よいB/Sをつくるという意識が重要なのです。

3. B/Sの形を整える

では、よいB/SとはどのようなB/Sでしょうか。
逆によくないB/Sの姿から見ると理解がしやすいかもしれません。
よくないB/Sは業種業態を問わずはっきりしています。
左側(借方)で固定資産が多いのに対して、右側(貸方)では流動負債が多く、利益剰余金が少ない、またはマイナスという状態です。

この状態からいったん目指す姿は、利益剰余金が積み上がった、言い換えれば自己資本が多い状態です。
さらにそれを、現金等の流動資産で持てるようにすることをめざします。
自己資本を増やすためには、税引き後の純利益を上げる必要がありますので、安易な経費の使い方はできなくなります。
従業員の立場になると、「税金払うよりも給料に回してほしい」と言いたくなるでしょうが、自己資本が、今回のコロナ禍のような大きな環境変化の際に従業員の生活を守り、新たなビジネスを生み出す元手にもなると言うことを、十分に理解されるような説明が必要です。

自己資本、長期間にわたるお客様から支持の反映であり、それを無駄遣いすることは、お客様の支持を無駄にしていることです。
しっかりためて、次の投資に使うことが、さらにお客様のお役に立つことにつながります。

また、自己資本は、大きな環境変化があったときの対応資金になり(変化対応資金)、将来の投資になり(将来投資金)、お金を集める源(信用の源)にもなります。

こういったことが、それぞれの従業員にとってどんな価値があるかについて社内で共通理解をもてるようにすること、「みんなの暮らしをもっとよくするための内部留保」と伝えることは経営者の大事な役割です。
コロナ禍で大きなダメージを受けている今だからこそ、内部留保を積み上げることが重要であると、従業員に伝えるべきタイミングではないでしょうか。

何があっても生き延びるためには絶対に必要!

と、今こそ言うべきなのだと思います。

では、どれくらいの自己資本を目指すのがよいでしょう。
一つの目安が、

一人あたりの自己資本金額1000万円

です。
これは、

1年くらい仕事が止まっても、従業員の給料を出せる状態

だと説明することができます。
会社の安定性を、従業員ひとりひとりの安定性と関連付けて伝えると理解も得られやすいでしょう。

1000万円の自己資本を積み上げるには、大まかな計算でも従業員一人あたりの粗利益が1000万円程度にならなければ難しいでしょう。
逆に、1000万円稼げるためにはどんなビジネスにすればよいか、1000万円貯められる会社にするにはどうすればよいかを考え、実現していく旗印になります。

B/Sの形を整える方向性は他にもあります。
流動資産と流動負債のバランスを整えて、返済に苦慮しないようにするというのは一番基本的なことでしょう。
また、固定資産を自己資本の範囲に収めるというのも、ひとつの目安になります。過大な投資が元で破綻する企業はこれまでもありましたし、今後も出てくるでしょう。
「現在の利益」の源泉としての固定資産ですが、それを運用するノウハウやオペレーションの力があれば、他の誰かが保有する資産を活用してビジネスを展開することもできるようになります。

たとえば、高収益の宿泊施設オペレーションができるなら、破綻物件を安く仕入れて再生することもできますし、そこに投資を呼び込むことすらできます。
宿泊業を、「建物と設備を仕入れて、空間と時間を区切りサービスを付加して顧客に提供するビジネス」と定義し、その中でどの役割に注力するかを考えることでビジネスモデルをより収益性の高いものに進化させたと言えるでしょう。

ビジネスの収益性が変わると、望ましいB/Sの姿も変わってきます。
どういうB/Sが望ましいかを判断する一つの指標が

ROA(%)×自己資本比率(%)

です。

ROAは高める方向で考えるのですが、それでも上がりにくい業種であれば、自己資本比率を高めて会社の安定性を担保します。
一方、ROAが高いビジネスであれば、外部の資金を調達してさらに収益を高めるという選択もできます。
この値の目安としては、100以上であれば「優良」経営、300を超えるようであれば「超優良」経営と言ってよいでしょう。
この値は、自社のビジネスモデルをふまえて目標設定をすればよいのですが、特にROAをあげていくことを意識した場合には、当然ビジネスモデルを変えていくことが求められます。
むしろ、変革のためのドライブとして活用するのが、うまい使い方です。
すぐ変えようとしなくても、「こう変えていく」と考えることで、戦略の方向性を定め、全社で一緒に考えることができるようになります。
たとえ現状が望ましい状態からかなり遠かったとしても、目の前の不都合な問題にむやみにとらわれず、「将来の姿に向けて何を変えていくのか」という思考に切り替えていくのが、B/S経営の力です。

永遠に儲かり続けるビジネスはありませんので、「変えていく」というのは、本来経営の前提です。
それは、ビジネスの種を育てて、ある程度の利益を生み出せるようになったら、次のビジネスの種を作っていくというスタイルです。
環境変化が小さい状況下では、10年程度の競争優位である持続的競争優位をどう作るかというのが大きな経営テーマでした。
しかし、環境変化が大きい状況では、長期にわたって同じ競争優位を保つなどということは、とてもむずかしい、あるいはあり得ないと思った方がよいでしょう。
その中で収益を上げ続けるためには、「変えていく」スタイルを突き詰めて、次から次へと新たな競争優位を生み出す連続的競争優位の状態を作っていくことが求められます。
ひとつのビジネスモデルデで30年収益を上げようというのではなく、3年に1回、5年に1回新たなビジネスモデルを生み出せる会社になることを目指すわけです。
このような変革の駆動力としてB/S経営を使います。

よいB/Sができている状態は、利益率が高く固定資産が少ない状態、すなわち儲かりやすい状態です。
そのようなB/Sは見方を変えると、融資や投資を呼び込みやすい状態です。
そういう状態になったとき、経営者にとっての商品である会社の価値が高いと言えるでしょう。
融資や投資を呼び込みやすい会社、極論すれば「売れる会社」(本当に売る必要はありません)を作るのが経営者の仕事です。

4. B/Sビジョンを描く

B/Sは長年にわたる経営を通して作り上げていくものです。
したがって、B/S上の数字で目標設定することは、長期的なゴールを持つことを意味します。
B/S経営では、20年程度の長期ゴールを設定し、これを

B/Sビジョン

と呼んでいます。
本当はビジョンではなくゴールなのですが、かなりの長期のゴールで、そこに至る中間のゴールをいくつか設定することから、あえて「ビジョン」と呼んでいます。
20年の長期で考える理由は二つあります。
一つは、現在のB/Sはこれまでの経営の積み重ねによって作られたものであり、その期間が長いほど、形を変えるのにも時間がかかるからです。
もう一つは、20年も先のことであれば、少しくらいの、あるいは大きな「ほら」も吹くことができるからです。
現状から想定できる変化の小さい将来像ではなく、経営者や従業員が一丸となって実現したくなるような将来像を描くためのタイムスパンとして20年をひとつの目安にしています。

B/Sビジョンの形式は簡単で、

1. 20年後のB/Sの状態を、B/Sに関連する指標と値で明示
2. それが実現したときの会社の姿を言葉で表現

します。
この数字と言葉で表すというのが、大事なポイントです。
単に数値目標を追いかけるのではなく、それが顧客や自分たち、ひいては社会の幸福にどうつながっているかをつなげて考えることで、B/Sビジョンの実現に向けてより意欲的に取り組めるようになるからです

B/Sビジョンを作ることで、長期にわたって、「会社をこういう方向に持って行く」という「会社の成長の方向性」を定めることができるようになります。


5.ビジネスモデルを変える

ROAを高め、不要資産を極力持たないように仕様とすれば、必然的にビジネスモデルを変えていくことになります。
では、自社のビジネスモデルをどのように変えていけばよいのでしょうか。その際の視点を、ビジネスモデルの構造をひもときつつ見ていきましょう。

ビジネスモデルとは、一言で言えば

自社が、顧客商品を通して何らかの価値提供し、対価をいただいて、収益化する一連のプロセス

のことです。
一連の流れの中で重要なポイントは

①顧客 ②商品 ③価値 ④価値を生み出し提供するプロセス ⑤収益化のしくみ

の五点で、これらのどこかに優れたものがあると、競争優位を生み出し、生き残ることができます。
これらのうち今回は、顧客商品価値を生み出し提供するプロセスの三点について見ていきましょう。

最初に顧客について考えます。
自社の顧客について考える際には、その顧客が「どのような満足や便利さを求めているか」というニーズを理解することが重要なのは言うまでもありません。
しかし、そこにもう一つ顧客の制約条件を加えて考えると、戦略の基本方針が定まってきます。
顧客の制約条件とは、

・その顧客が使える金と時間
・商品の個別化のレベル(普及品がよいのか特注品がよいのか)

の二点です。

多くの金や時間を使おうとしている顧客は品質の高い商品を求めますし、結果として自分専用のものを欲することもあるでしょう。
一方、金や時間の制約が厳しい顧客の名愛は、それらを抑えた商品を提供することが求められます。
こういった顧客のニーズと制約条件の組み合わせに対して、企業がとれる戦略は三つです

「はやい・安い」戦略
ローコストでそこそこの品質のものを大量に提供する戦略です。
機械化やマニュアル化、大量仕入れ等、価値を生み出し提供するプロセスの効率化と、そのための資金投入が成否の鍵を握ります。

「うまい」戦略
高品質のものを提供する戦略です。
ただし、この場合の品質は、「顧客にとって」という視点で評価しなければなりません。
「顧客が必要としないボタンが多数あるテレビのリモコン」は、どれほど高機能でも、品質が高いとは言えません。
一方で、「他人に見せびらかしたくなるようなデザイン」というのは、そういう欲求を持っている顧客にとっては高い品質ということになります。
こういった情緒的な価値が十分に広まると強いブランド力を持ちます。

「あなただけ」戦略
顧客の状況に合わせて専用の商品を提供する戦略です。
製造機械の試作からオーダーメイドジュエリーまで多種多様な商品が、この戦略で提供されています。
顧客の要望に完全に合わせることが条件となりますが、その分収益性は高くなります。

これら三つの戦略のうち、どれを選ぶか、あるいはどの組み合わせを作るかで自社のビジネスモデルはきまります。
ただ、どの場合でも共通して志向した方がよいのは、

できるだけ安くありふれたものを仕入れる

ということです。
これは、供給業者に対する交渉力を高める考え方であり、自社が取り得る戦略の自由度を上げることにつながります。
高い付加価値をつけて「うまい」戦略を採ることも、できれば、「効率性を追求して「はやい・安い」戦略を採ることもできます。
仕入れはビジネスモデルを考えるときの大切な視点お一つです。

次に商品について考えてみましょう。
自社の商品を変えていく際には、現在の商品の利益率を高めるために、①調達、②価値創造(製造)、③販売のプロセスの効率化を考えるという視点が一つあります。
これは生産性向上の視点であり、現状のビジネスモデルを大きく変えるものではありませんが、常に追求すべきものではあります。
ビジネスモデルを変えるという観点に立てば、商品の①意味②顧客を変えることが大きな一歩になります。

例えば、岐阜県のとある枡製造の会社では、枡という商品の意味を、
 はかり⇒お酒を飲む道具⇒インテリア⇒内装材
と変えていきました。
また、日常の主食である米の使い途を「お祝い事の贈り物」に変えてしまった米屋さんもあります。
さらに、顧客や場所、使うシーンを変えた事例もあります。
あるお菓子製造メーカーは、スーパー向けの販売を種としていましたが、高齢者施設のでのおやつの提供を皮切りに、顧客やシーンを変え、伝統工芸品とタイアップした贈答用の菓子や、結婚式の参列者への新郎新婦からの挨拶用の菓子といったものを開発しています。

自社の商品の使い途や使う場面、あるいは主要顧客を無理にでも変えるとしたらどうなるか、半ば「頭の体操」として考えてみてはどうでしょうか。
無理矢理考えることで、今まで見えていなかった、会社の可能性が見えてくることがよくあります。

最後に、価値を生み出し提供するプロセスについて考えます。
価値を生み出し提供するプロセスは①調達、②価値創造(製造)、③販売、④アフターフォローに分割されます。
さらにこれをバックアップするしくみが加わって、全体的な価値創造の流れ、すなわちバリューチェーンが構築されます。
この中で、あまり注目されていないものの、うまく切り替えられれば大きな変化につながるのが、バックアップするしくみの方です。

今回はその中の一つである、リスク管理についてのみ少し考えます。
自社のビジネスには様々なリスクがあり、その対応に多くの資源が割かれます。
このリスクを軽減または移転することで、自社のビジネスを大きく変えてしまうことができます。

ある会社では、遠隔で車を起動できなくするデバイスを入手しました。
これを装備した車を、途上国の「車を使って稼ぐ意欲はあるが、経済的な信用が低くてローンが組めない」人に向けて販売しました。
万が一ローンの支払いが滞ったときには、車をすぐに回収できますので、ローン会社にとってはリスクが大幅に軽減され、収益を得ることができます。
これによって、途上国の収入レベルを高めることにも成功していると言う事例です。

6.利益志向の人材を育てるマネジメント

最後に、B/S経営で育てる人材と組織について考えます。
B/S経営を進めるには、B/S上の数字、その前段階としてP/L上の数字と、日々の業務がどのように関係しているかをイメージできていることが重要です。
そうなると、短期的な数字だけでなく、B/Sビジョンという長期のゴールに向けて戦略を実行できるようになるため、ムダな経費を使うことなく、内部留保の重要性も理解していますし、投資効率も考えられるようになります。
その過程で、今までと同じ仕事を効率よく進めるだけでなく、新たなビジネスを生み出すための行動が身につくようになっていきます。
これは、従業員が経営者の視点を持つことでもあります。

B/S経営の人材育成の手法として有効なのが、オープンブックマネジメントです。
これは、従業員に対して財務のすべてを公開し、数字の上での信頼関係を築くことを基盤としたマネジメントです。
財務上の数字と、業務の関係を理解することで、適切なKPIの設定や目標管理もできるようになります。

オーナー経営の中小企業にとって、いきなりすべての財務情報を社内で公開するのは難しいという場合もあるでしょう。
その場合は、それぞれの職位・立場の従業員に必要な情報から順次公開していくことになります。
現場のスタッフに対しては、売上と変動費、限界利益に関する情報は公開する必要があります。
なぜなら、粗利益を上げることが現場の利益に関する責任だからです。
同様に部門長クラスには、固定費に関する情報を公開します。それによって、部門の営業利益に対する責任を明確にするわけです。
いきなり公開するのに支障がある項目は、当初、「本部経費」等のブラックボックスにしてしまってもかまいません。
コントロールする義務と権限がある項目を公開することで、従業員ひとりひとりが直接利益に貢献できるようにしくみを整えていきます。

これらを実現するために、社内で、それぞれの立場の従業員が、自分が理解できる数字から財務情報を一緒に勉強する機会を作るのがよいでしょう。
「勉強会」と銘打たなくても、月次の決算会議やそれに類するもので、実際の数字とつきあわせながら学んでいくのが効果的だったりします。
目標管理とセットにして財務の知識や、目標達成のためのスキルを学んでいきます。
自分で目標設定と管理ができるようになると、社員を自由な状態、放牧状態にできるようになります。

放牧状態をうまくマネジメントするコツは、B/Sビジョンからブレイクダウンした中期ゴールと、戦略コンセプトを共有することです。
戦略コンセプトとは、中期ゴールに至る戦略の大方針のことです
例えば、「BtoCに注力する」「ものづくりから、プロデュースにシフトする」といった方針です。
これが定まると、戦略目標が明確になり、戦略マップ、KPI、アクションプランができていきます。
基本コンセプトから、戦略マップに沿って、それぞれの部署がやるべき事までを会社全体で考え実行できるようになります。
また、戦略コンセプトに沿った組織の体制も作られます。
BtoC出合ってもにシフトするなら、個人客の創出のための営業や広報の部門を強化することになるでしょう。
こうやってブレイクダウンされた戦略を、目標管理をしつつ着実に実行するプロセスを計画的戦略と言います。

B/S経営が進むと、計画的戦略に加えて、計画外のアクションを起こせる人材が育ちます。
そういった人材は

戦略コンセプト、抑えるべき制約条件、禁止事項

を遵守しながら、「こうやった方がうまくいくのではないか」という仮説を検証し、その過程で新たな事業の種を育てます。
たとえば、「計画的戦略に基づくアクション3個に対して、仮説検証を一つ行う」といったことをルール化することで、新しいチャレンジを促進することもできます。

こういった取り組みの例として有名なのが、アサヒビールの事例です。
かつてキリンビールの味が標準的なビールの味だと思われていた中で、20〜30代の若い層への販売を企図していたアサヒビールでは、一部の若手社員が自分たちの仮説をもとに「コクがあってキレがある」ビールを試作しました。
彼らは、十分な数の試飲アンケートをとり、その結果を上司に報告しました。
これは、社で定められた戦略行動ではありませんでしたが、事業性を見いだした上司は経営トップに報告し、結果、それが全社の戦略を大きく変化させ、ビールのシェアを大きく拡大したのです。

このように、現場での仮説検証のなかから事業性が高いものを取り入れて、戦略自体をよりよいものに更新していく戦略実行プロセスを

創発的戦略

といいます。
これは、社会環境や顧客の変化を感じ取りやすい現場を起点に新たな事業が生まれ、戦略がよりよいものに変わっていくプロセスであり、激しい環境変化の中で連続的競争優位を生み出すために力を発揮する戦略実行のスタイルです。
計画的戦略の流れの中で、戦略コンセプト、抑えるべき制約条件、禁止事項をふまえた仮説検証ができる現場スタッフと、その中から可能性の高いものを見いだし戦略の更新を進言できる管理職が生み出す創発的戦略。
B/S経営は、それができる人材を育成できる経営手法です。

おわりに

企業では、様々な固定資産と人の知恵、組織の力がうまく組み合わさって利益を生み出します。
B/Sに記載される固定資産に対して、人の知恵や組織の力といったB/Sに記載されない資産を見えざる資産と呼んでいます。
見えざる資産が大きいと、B/Sの総資産が小さくても大きな力で利益を生む、すなわちROAの大きな会社になります。
この、見えざる資産が自社の連続的競争優位を生み出す能力、平たく言うと変化対応力のことをダイナミック・ケイパビリティと呼びます。

B/S経営によってつくられる会社は、この変化対応力に優れた会社であり、連続的競争優位を生み出す会社です。

そのような会社作りにチャレンジしてみませんか。