目次
0. はじめに — 概論 —
2020年は世界中が新型コロナ禍に襲われ、個人も企業も大きな打撃を受けました。既存の社会環境を前提に構築された競争優位が、逆に企業の業績を悪化させる要因になった事例も多々あります。
競争優位とは、市場の中で生き残る力であり、これをもたない企業は市場から退場せざるを得ません(真面目な定義は後半に)。
そこで、多くの経営者は市場で10年以上の長期間にわたって競争優位を保つ「持続的競争優位」を構築することを戦略上の重要な命題として捉えてきました。
しかし、新型コロナ禍の例を出すまでもなく社会の環境は常に変化し、時としてそれは多くの人の予想を超えたものになります。
特に近年では情報ネットワークの充実とグローバル化の進展に伴い、世界のどこかで生じた現象が短期間に世界中に波及する可能性が高まっています。
そんな状況で一度作った競争優位が10年も20年も保っていけると考えるのはあまり現実的とは言えません。
成長し続ける企業であるためには、これからは2〜3年ごとに次々と競争優位を生み出す、「連続的」競争優位が必要となります。
このWEB講座では、連続的競争優位を生み出せる「強い」会社をつくるために必要な経営学の理論やフレームワークを紹介します。
ここで言う理論とは、「メカニズムが解明され、再現性があるもの」、フレームワークは、「頭が整理されて便利な思考の枠組み」としておきます。
理論もフレームワークも現場で使わないとただの物知りにすぎません。
これらを用いて、現に仕事でやっていることを意味づけして、次の行動を考える指針にすることで初めて意味を持ちます。
そのため、学術的な厳密さよりも現場で活用できることを優先して表現するように心がけています。
したがって、このWEB講座の受講生=読者としては、
① 自己流で企業経営に取り組んでいる経営者
② 近い将来事業承継によって経営に携わる後継経営者
③ これから事業を立ち上げようとしている起業予定者
④ 地域企業の経営をサポートする支援者、地域コーディネーター
といった「現場を持っている人たち」を想定しています。
それ以外の方々(若手のビジネスマンとか経営に興味のある学生とか)のお役にも立てれば嬉しいですが、主たる対象はこの①から④の人たちだとご承知おきください。
この講座は毎週日曜日の夕方に更新する予定ですので、週の初めに「ちょっと使ってみよう」という武器をひとつずつ増やしていっていただければと願っています。
今のところ全25回を想定していますが、状況によって前後する可能性があることをあらかじめご了承ください。
・・・読者のみなさんからの評価が低いと「オレたちの本当の戦いはこれからだ!!」とか叫んで打ち切りになる可能性も否定できません
1. 事業と企業
事業とは、一言で言えば「価値を提供して顧客を満足させ、対価をいただく取り組み」であり、企業は事業を運営する主体です。
顧客とはその企業が満足させたい相手、ハッピーにしたい相手です。
企業は事業を通して、顧客に対して何らかの商品(製品、サービス、それらの組み合わせ)を通して価値を提供します。
価値を提供された顧客は自分の欲求を満足させ、ハッピーになります。
一言で価値と言いましたが、様々な価値があります。
機能を重視した価値の提供もあれば、それ以外の部分に力を入れる事業もあるでしょう。
特にBtoCの世界では、顧客の価値観は多様で、「自慢できる」「見せびらかせる」ということも大きな価値になる場合があります。
「なんとしても発売初日最新型のiPhoneを買う」という人は、機能プラスアルファの価値を感じているはずです。
どの顧客がどのようなな価値を求めているかをまっすぐ受けとめ、自社がそれを提供できるかどうかが事業を考える第一歩です。
誰の、どんな欲求を、どんな方法で満足させるか
が、企業のミッションであり、この時点で顧客(または顧客との取引が生じる市場)が十分に絞り込めているかどうかで、事業の作り方、商品の作り方も変わります。
2. 企業と利益
事業の成果は、顧客に価値を提供し満足させることであり、企業の存在理由は事業の継続、すなわち継続的な顧客満足です。
それは、どれだけの利益を得られたかで測定されます。
「顧客満足は売上で表されるのではないか」という考えもあるでしょうが、あえて売上ではなく利益に意識を向けています。
その理由を少し極端な例で紹介しましょう。
たとえば、原価100万円のダイヤモンドを20万円で売ったとします。
顧客満足度は高いでしょうし、20万円の売上が立ちます。
しかし、事業は継続しませんので、継続的な顧客満足にはつながりません。
また、せっかく100万円の価値のあるものを20万円で売ってしまっては、
自社が介在することで顧客に提供する付加価値を80万円低くしてしまった
ということになります。
継続的な顧客満足、言い換えれば継続的な利益を生み出す源泉となる力を競争優位と言います。
それがあるから市場の中で生き残ることができるわけですが、この場合の「競争」という言葉は少し広く解釈した方がよいでしょう。
普通ですと、競合他社、ライバルとの競争をイメージしますが、より重視すべきなのは顧客のニーズの変化や顧客を取り巻く環境の変化との競争、顧客に寄り添っているのかという意味での競争。
一度売れたから同じものを売り続けるというのでは、競争優位を失っていきます。
顧客に継続して価値を提供するために、次の商品を提供する、新しい満足のタネを提供する能力としての競争優位を築く必要があります。
従って、この場合の競争とは、
顧客の変化に対する競争
であり、顧客が欲するものを先に見つける力こそが競争力だということになります。
したがって、どのような事業でも
顧客の変化に常にアンテナを張る = 顧客起点で考える
ことがとても重要なことになります。
3. 競争優位
競争優位について、市場の中で生き残る力、利益を生み出す源泉となる力という表現をしました。
これをもう少し真面目に定義すれば
他社が模倣できない、模倣しようとしない方法で顧客に価値を提供する能力
となります。
ポイントは
・模倣されないこと(まねしたくてもできない、まねをする気にならない)
・顧客に価値を提供する能力(顧客に価値を提供しない能力はいくらあっても競争優位にはつながりません)
という二点です(詳しくは別の機会に) 。
この競争優位が長期(10年以上のイメージです)にわたって維持される場合、これを持続的競争優位と呼びます。
以前は、この持続的競争優位をどのように生み出すかということが盛んに議論されました。
しかし、環境変化の激しい状況では、この持続的競争優位を確保することはとても難しくなっています。
むしろ、次々と新しい競争優位を生み出し続けるという姿勢が必要です。
狭い市場で大きなシェアと利益を獲得し、そのような市場を次々と生み出していける企業が長期にわたって成長発展していける企業です。
このような連続的優位を生み出せる企業を「強い企業」と定義しましょう。
4. 強い企業
強い企業は、①強いビジネス、②強い人・組織、③強い財務の三つで構成されます。
なお、「事業」という言葉は営利活動によらないものも含みますので、ここからはあえて「ビジネス」という言葉を用います。
強いビジネスとは、顧客に価値を提供する能力が高いビジネスのことです。
適切な市場を選択し、価値提供と十分に利益が得られるしくみ=ビジネスモデルを作ります。
この能力を高めるために最も必要なことは、顧客と自社の関係性をよく知ることです。
強いビジネスには、顧客のことを深く知るためのしくみが必ず組み込まれています。
強いビジネスを作るための分野として、戦略やマーケティングがあります。
強いビジネスの結果であり、源泉となるのが強い財務です。
強い財務のとは、平たく言えば
もうかりやすくてこけにくい
つまり、収益性と安定性が高いということです。
短期的な収益性に加え、長期的な収益性、そして長期にわたる安定性を求めます。
短期の収益性はP/L(損益計算書)に、長期の収益性と安定性はB/S(貸借対照表)にあらわれます。
これらを、経営の結果として捉えるのではなく、自ら意図的に作り出すことが経営者の役割の一つです。
その上で、経営者が大事にするのはキャッシュフロー、つまり現金の動きです。
どれだけ利益が出ても、回収できないなどの理由で現金が不足すると会社は倒産します。
逆に現金が回っている限り、会社は倒れません。
十分な現金も強い財務の大きな要素になります。
強い財務を作るための方法を理解するために、財務や会計という分野があります。
強いビジネスを実際に動かしているのが、強い人・組織です。
強い人・組織は、顧客が必要とする価値を見いだし創造できる人と組織だといえます。
さらに財務との関連で言えば、①現在の利益を生む人と組織、②将来の利益を生む人と組織の二つの観点から考えます。
現在の利益は、現状のビジネスの収益性を高める戦術・戦闘レベルの話であるのに対して、将来の利益は、新たな収益源を生み出す戦略策定・実行の話になります。
それぞれの人が育つ組織、活躍できる組織を作ることが必要で、そのための指針を与えてくれる分野がマネジメントや戦略実行です。
これらをつないでいるのが、「こういう会社でありたい」というビジョン、理念です。
なんのために強い会社であろうとするのかという存在意義が明確になっていることで、具体的にどんなビジネスにするのか、どんな財務状況を作るのか、どんな人や組織を育てるのかが矛盾なくつながり、企業全体の力が発揮できるようになります。
ここまで、WEB講座「連続的競争優位をつくる経営学」の概観を見てきました。
ここからは①強いビジネス、②強い人・組織、③強い財務を作るために必要な知識をひとつずつご紹介します。
ということで、次回のテーマは「ビジネスモデルの骨格」。
マーケティングの大枠についてのお話です。