前回に引き続き市場戦略の話です。
今回取り扱うのは、誰もがご存じのM.E.ポーターの「競争戦略論」です。
この論の要所は、「競争戦略論I」(ダイヤモンド社)の「始めに」の部分に書かれています。
その部分を引用すると

ある事業における企業の業績は、二つの部分に分けて考えることができる。一つは、その業界のすべての企業の平均的な業績であり、もう一つが、その企業の業績が業界の平均を上回っているか下回っているかという点である。

とあります。

前半部分は、その業界がどれほど完全競争に近いか、または遠いかという話とつながります。
一方、後半部分は、自社がその市場の中でどのような競争優位を持っているかという話になります。

ものすごく平たくいえば、ポーターの考え方は

儲かる市場で競争優位を発揮せよ

ということになります。
この一言で終わってしまうとあまりにあっけなさ過ぎますので、もう少し詳しく見ていきましょう。

1. どの市場で事業を進めるか

自社がなぜどの市場で事業を行うか、という問われたときみなさんはどう答えますか。
企業が参入する市場を決める時の軸は三つあります。

第一は、「儲かる市場」です。
一般論としては市場規模が十分にある、または市場の成長性が見込まれる、ないしはその両方の条件が整う場合です。
さらにいえば、その市場が完全競争の条件から遠いと、平均的な収益性は高くなります。
これはマクロ環境の変化などから読み解きます。
ただし、こういう市場には競合が増えやすくなりますので、資源の少ない中小企業では
・競合の参入が難しい特殊な市場を確保する
・市場の規模よりは成長性を重視する
といった判断が必要になります。

第二が、「勝てる市場」です。
市場全体、ないしは平均的な収益率が高くても、その市場の中で他社よりも高い収益を得られるだけの競争優位が必要です。
この際特に意識するのは

他者がまねできないこと(模倣困難性)

です。
他者がまねできないというのは

お金を出しても買ってこられない

と考えるとわかりやすいでしょう。
最新の機械やアプリケーションは、お金を出せば入手可能です。
しかし、社内の仕事の流れや、関連事業者との関係性、顧客との関係性といったものは機械を買っても、誰か人を引き抜いても、それだけでは実現できるものではありません。
そういった中で、高い収益性、すなわち「高値で売れる」か「安く提供できる」しくみができていると、勝てる確率がぐっと高くなります。

そして第三が、「幸せな市場」です。
これは、自社が価値を発揮したい市場のことですが、それぞれの企業のミッションステートメントや経営理念の中に記されている場合が多いでしょう。
簡単に言うと

自社が幸せにしたい・喜ばせたい顧客がたくさんいる市場

ということです。
そういう市場では、社内のモチベーションが維持されやすく、結果として高収益につながります。

これら三つが重なった市場が最もよい市場です。

さて、これらのうち「儲かる市場」と「勝てる市場」についてわかりやすくまとめたのがポーターの「ファイブ・フォース(五つの競争要因)」というフレームワークです。
ファイブ・フォースとは、

自社が参入している業界の収益性を決める

1. 供給業者(仕入れ先)の交渉力
2. 買い手(顧客)の交渉力

に加えて、その業界内での自社の競争環境を決める

3. 新規参入の脅威
4. 競合企業による業界の競争環境
5. 代替品の脅威

の五つで、これらを分析することで、その業界の収益性を理解し、その中で自社にとって有利な位置を見いだすことが重要だというのがポーターの考え方です。

2. 収益性の高い市場

ファイブ・フォースのはじめの二つ
1. 供給業者(仕入れ先)の交渉力
2. 買い手(顧客)の交渉力
というのは、どちらの側に選択肢が多いかという問題に集約されます。
たとえば、自社が参入している業界で供給業者がたくさんいて互いに競争している環境なら、供給業者よりもこちら側の方が選択肢が多く交渉力、すなわち価格決定への圧力が強い状態になります。
供給側(売り手側)の交渉力が強くなるのは、

手に入りにくいものを提供している

場合です。
そもそも供給量が少ない、非常に特殊なもの、独占または寡占状態にある、それらの結果として価格相場がわからないといった状況では、供給側が強い交渉力を持ちます。
つまり、供給側の方が価格を決められる状態になるわけです。
逆に、供給量が多い、一般的なもの、多くの供給者がいる、その結果として価格相場が見えているような場合には、買い手の方が強い交渉力を持ち、極端な場合には完全競争における均衡価格に近いところまで価格を下げる圧力が生じます。

供給業者や買い手の競争力が強い市場では収益性が低くなりますので、自社としてはこの状態から脱することが必要になります。
そのためにできることは、一つは他の市場に移動すること、もうひとつは自社が収益性を高められるように市場を絞り込むことです。
いずれにせよ、
つまり、供給業者からはできるだけ、供給量・供給業者が多く、一般的で、価格相場がはっきりしているものを仕入れて、なるべく自社ならではの特殊で供給量の少ないものに加工して提供すること、簡単に言えば

ありふれたものを仕入れて珍しいものにして売る

ことが重要です。

例えば、わたし自身は戦略実行のコンサルティングを生業としています
コンサルティング業における仕入れとは大きくは知識ですが、知識は様々な書物にありますす。
つまり、ありふれたものを入手していることになります。
ありふれた知識を、企業向け、行政向け、大学向けにそれぞれ加工して提供します。
例えば大学向けでは、大学でのマネジメント経験を生かして、大学という組織やそこで働く人たちの特殊性を十分に考慮したコンテンツをご提供しますので、買い手に対しては希少性が高まります。
わたしのようなコンサルティング業でなくても、顧客にとっての希少性を高める方法はあります。
たとえば、顧客が「ざっくりと」オーダーしても、ちゃんと意図していたもの、あるいはそれ以上のものが納品されるなら、継続してより高値で発注する理由になります。
顧客にとってはスイッチング・コスト(購入先を変更するためのコスト)が高い状態です。
そうなると、ずいぶん競争環境も自社に有利なものになります。
簡単なワークシートをご用意しましたので、少し考えてみてください。

3. 代替品で競争環境を変える

次に市場の中で自社に有利な競争環境を作る、維持するにはどうするかという視点で考えます。

3. 新規参入の脅威
4. 競合企業による業界の競争環境
5. 代替品の脅威

です。
新規参入も代替品も、市場内のプレーヤーを増やし競争を激しくしますので、最終的に業界全体の収益性を引き下げます。
はじめは独占市場だったとしても独占的競争を経て完全競争に近づいていくプロセスと言ってもよいでしょう。
その中で企業が競争優位を保つには、

・参入に対する規制を厳しくする
・規模の経済性(事業規模の拡大によってコストを下げる)
・特殊な技術を持つ
・仕入れや販売のチャネルを握る

ことで参入障壁を高くする(参入を難しくする)ような対応が考えられますが、どれも中小企業よりも大企業に適した方法です。
では、中小企業はどうすればよいのでしょうか。
その答えは、

参入障壁が高い市場に代替品を持ち込む

というものです。
代替品というと、ガラス容器に対するペットボトルや紙パックのような「モノ」をイメージしますが、他にも生産方法や技術、提供チャンネルなどを変えることで競争環境を変えてしまうことができます。
ICT、IoTといった新技術は、生産方法や提供チャネル(あるいは顧客との関係性)を変えるための強い武器になります。
自社の商品やそこで培ったノウハウが全く別の事業で生きるというのは実はよくあることです。

あるいは、今いる市場に自ら代替品を持ち込むことで、市場の中での優位性を長持ちさせることも考えられます。
・・このあたりの事例についてはあまりオープンな場ではご紹介できませんので、クローズな講座等で・・

ファイブ・フォース分析は有効な分析方法の一つですが、ここには

市場環境は大きく変化しない

という大前提があります。

そこから、10年程度続く持続的競争優位を持とうという議論になるのですが、現在の経営環境はなかなかそれを許してくれません。
だからこそ、既存の市場の中でのポジショニングではなく、市場そのものを絞り込んだり変えていくという観点で今回はひもといてみました。

次回は外部環境のうちのマクロ環境について、中小企業がなにに着目するとよいかという視点で見ていきます。